「不完全な状態」をいかに楽しめるかで人生の幸福度が大きくかわると思う

よく、人によって「なんだこんなことに怒っているんだろう?」って場面に出くわすことがあります。

なんか、常に何かに怒っているんですよね。

近しい特定の人を対象に言っているのではなく、46年の人生でそういう人、いっぱい見てきました。

社会人になって気付いたのは、そういう人ってかなりの確率で精神をやられてしまうんです。周りに毒を吐きつつ、その毒で自分がやられてしまうという、なんとも不幸な人たちだなって。

で、よく観察してみると、1つの共通点を見つけました。

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不完全な状態を許せない人たち

ホントこれ、このひとことに尽きます。

周りの不完全な状態を許せないんですね。早く結果を出したいと焦っているのかもしれませんが、物事にはスタートがあって途中経過があって結果が出るわけで、その途中経過に対してイライラするんです。

で、だいたいそういう人って、だいたい後輩や部下の育成がうまく行かないんです。途中経過にイライラしやすい=成長途中にイライラするからですね。最初はいいけど途中から説教が多くなるタイプです。

「完成品」しか好きになれないんだろうな、って端から見て思いました。

僕はそういう人を見て、なんて不幸な人だなっていつも思います。

人生が豊かになれるかどうかは不完全なものを楽しめるかどうか

人生の中で出くわす物事って、大半が不完全なもののはずです。人から与えられたものは完成したものかもしれないけど、自分で携わる物事は不完全な場面が多いはずで、人生の大半はそんな状態の連続だと思うんですよね。

なので、不完全な状態を楽しめないと、人生そのものがつまらなくなると思うんです。

僕はモノづくりに携わっているエンジニアなので、それこそ不完全な状態どころか、実験の失敗や不良品を作ったり大きなミスをしたりと、そんな失敗の連続で来ました。

それにいちいちイライラしたら精神は持たないです。大きなミスをして楽しむのはちょっと難しいけど、すぐに頭を切り替えるクセはつきました。

それに実験と言うとは失敗の連続なので、その失敗を楽しむくらいじゃないと精神は持たないですね。

自分の子供に危害を加える親って…

ついでに言うと、よくニュースで見る子供に危害を加えて逮捕される親って、結局、そういう性質を持っているんじゃないかなって思いました。

さすがに僕も子供にはイライラすることはあるのですが、危害を加えるほどまで憎くなることはないです。

ニュースで出るような、あそこまで行き着いてしまう人って、結局のところ子供の不完全さにイライラして、その怒りが頂点に達した結果なんだろうなって。

特に小学生くらいになると言うこと聞かなし、学校の授業や家での勉強も不真面目になるし、習い事もうまく行かなくなるし、って、親の思い通りにならないこと多々あるけど、そんな状態をどのレベルまで許すかってことが結構重要だったりします。

あんまり許しちゃうとだらしなくなるけど、一方で、子供に危害を加えるような人は冷静でいられなくなるほど許せなくなるんだろうなと思いますね。

「不完全さ」をいかに楽しめるかってことが、人生で結構重要だと思っています。

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