虐待ニュースのたびに児相や教育現場叩くのって間違っていると思うよ。ルールと仕組みが曖昧で裁量に任せすぎているのが原因だって気づけ。(だから悪いのはそれを作るはずのヤツ)

先月はこのニュースの話題で持ちきりだったけど、親からの虐待で亡くなってしまう子供のニュースって多いですね。

去年はこんなニュースもありました。

「もっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」などとノートに綴ったのは、就学前の5歳で親からの虐待で命を落とした東京・目黒区の船戸…

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世間が現場を叩くのは無意味

この手の事件で共通するのが、児童相談所や学校の対応の失敗で痛ましい事件に発展してしまったという点です。

で、世間は必ずと言って良いほど現場の対応を批判しています。

こういう状態を見て毎回思うのが、なぜこうも世間は批判の矛先を現場に向けてしまうのかっていうことです。

世間はまるで児相や学校が怠けているとかサボっているとか人間性を疑っているような意見を目にします。

でも、ここまで連続して起きる事件で、みんながみんなそうなのか?っていうとちょっと違うんじゃないかなと。こういうものには、必ずと言っていいほどその後ろに根本的な問題があって、その根本原因を取り除かないとまた同じ事件が起きるんです。

ニュースを見て情報を得る世論は良いとしてマスコミや政治家はその部分を取材して突っ込むべきだと思うんですよね。

もちろん、世間もニュースに流れてくる表層的なものに怒らず、(少なくともこの手の事件は続いているのだから)もう少し想像を巡らすべきなんですね。背景に何かがあると。

ここまで事件が続くということは、誰もが児相や教師の立場だったら同じ結果になると考えて間違いないと思います。その何かの根本原因があがために同じ失敗をすると思います。

もちろん、たまに気の利いた人や恫喝に耐性のある人がいて事件を回避できたかもしれません。

でも、それはそういう性質の人間がたまたまいた、という特殊ケースであって、すべての担当者にそれを期待するのは大きな間違いでしょう。属人性に期待しすぎです。

原因はルールと仕組みの欠如だと思う

すべての児相や学校に完璧な対応を求めるのなら、完璧なルールと完璧な仕組みが必要です。

ルールというのは基準あるいは法律になります。

どんなケースで子供を返して良い、とか、警察に通報するレベルだとか、それが全国の児相や学校で全く同じルールがまず必要です。

仕組みはその基準や法律がどんな状況でもスムーズに執行されるためのものです。ちょっと弱いですが対応マニュアルなんかがそうです。理想は機械的にその規則が作動するようなシステムなのですが…。

いずれにしても、全国すべての現場で理想的な働きをしてほしいなら、ルールと仕組みづくりは必須なんです。

おそらく、これが不十分じゃないかと疑念をいだきますね。現場の裁量に任せてしまっているんじゃないかなと。

もしかしてルールはあるけど、そのルールを守るには人が足りなかったり、そもそもそのルールの難易度が高すぎて形骸化しているかと、そんな状況になっている可能性もあります。現場を分かっていなかったりセンスのない人間がルールを作るとそうなります。

批判すべきは上位組織や政治家だと思う

緊急事態に対して現場がうまく機能しないのは、ルールと仕組みが不十分だからだと思っているので、それを決める側に批判の矛先を向けるべきなんですね。

現場の職員を叩くのはホントやめたほうが良いです。

Twitterで政治家が今回の事件で親と対応した職員を批判したけど、お前が言うなと言いたいです。お前ら政治家がサボっているからこうなるのだと。(政治家も忙しいのはわかるんだけどさ、でも、他人事のように末端の職員を批判するのはダメだよね)

僕は製造系のエンジニアなのですが、製品不良や災害が出ても現場には絶対に責任を追わせません。それは仕組みの問題や手順に、あるいは設計上に問題があると考えるからです。

僕の不手際で問題が起きることはままあるけど、でも会社は責任を問題が発生した現場に責任は追わせず僕や僕の上司に追わせます。それが正常な役割です。

同じように、現場にいる児相や学校の職員を責めても(一瞬の対症療法にはなるだろうけど)長期的には解決しません。単にモグラ叩きをやっているだけです。

モグラ叩きをやめ、ちゃんとしたルールと仕組みを作るべきなんですが、それをやるのは現場ではなく行政の上位組織や政治家なんですね。

マクドナルドがどこでも同じクオリティで食べられるのは完璧なマニュアルがあるからです。結構前にマクドナルドの店員の挨拶はマニュアルチックだって批判されていたけど、全国すべての店で同じクオリティを保つには当たり前のことなんです。(最近はさすがにそんな批判は聞かなくなったけど)

現場の裁量に任せるというのは、イコール、クオリティのバラツキを許容するということなんです。裁量に任せながら全員同じ結果を求めるのは矛盾しているし、もしそういう会社があったら間違いなくブラック企業です。

そういう意味でも、教育現場はブラック職場なんですね。企業と違うのはそうさせているのが上司ではなく世間なのですが。

僕はニュースを見ている世間が、怒りの矛先を現場から上位組織や政治家に向けない限り根本的な改善はされず、また同じ事件が発生すると思いますね。残念だけど。(うちの子だけは巻き込まれないようにしよう)

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すまたすログ

ガジェット系ブログです。主にChromebookの情報やMyマシンのASUS Flip C434TAのレビューなどを書いています。その他IT機器のアプリのレビュー、たまに100円ショップなど。


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