ルールや仕組みが増えると技術力や生産性やサービス力という戦闘能力が落ちることを案外誰も気づかない

僕も会社に入って早25年経ちますが、入社当時と今を比べると業務の「決まりごと」がすごく増えました。

多くの失敗を経てその失敗を繰り返されないよう「再発防止」を図ったためです。そういう再発防止策がちょっとずつちょっとずつ積み上がって、今となっては25年前に比べてそんな業務が膨れ上がったわけです。

それに加え、25年前というと、ちょうど日本の企業でISOが導入されて間もない時でもあったんですね。その関係で業務のルールや仕組みが増えたのもあります。

そういう仕組みが未熟だった頃でもあるので当然なのかもしれませんが、時折、こんなにルールや仕組みが増えて良いんだろうかと思ったりします。

コンプライアンス遵守といえば聞こえは良いのですが、発生率1%も満たないエラーに対して全業務にルールを埋め込むというやり方は確実に人の時間を奪っているからです。

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例えば、昔に比べて社内に出す申請書類はかなり増えました。

経理関係、安全関係、品質関係、輸出関係..と、やることに漏れがないよう事前にチェックするためですね。チェックリストのようなものも多用されています。

こういうのは、大きな失敗をさせないために仕組みだし、コンプライアンス遵守、法令遵守につながるので、これ自体を否定するわけではないのですが。

ただ、このようなルールや仕組みが増えればそれをやる時間が当然発生します。1つ1つは細かくてたいした時間じゃないけど、この25年間でそんな細かい時間が積み上がってしまっているわけです。

しかし、1日は24時間しかないし、その中で仕事ができる時間も限られていて、それは昔から変わっていません。

ルールや仕組むによる業務が増えた分、何かの業務を削らなきゃいけないわけで、長年「その何か」が削られてきたことに、果たしてどれだけの人たちが気づいているのでしょうか。

「その何か」って何なのかっていうと、生産性であったり、製造会社であれば技術力なんかもそうなのかもしれません。サービス業であればサービス力です。

要は企業の「戦闘能力」がジワジワ落ちていっているんだと思います。

大企業になるほど顕著じゃないかと。

日本の技術の存在感が諸外国に対して低下しているとか、そんな記事をよく目にすると思うのですが、元をたどるとそんなことが原因じゃないかと思ったりします。

たぶん教育現場とか最近問題になっている児童相談所とかも似たような状況になっていて、結果的にいじめや虐待を見逃してしまっていると想像しています。

ネガティブな部分は見えやすいので決まり事を作りやすいですが、戦闘能力のような加点部分は経営者側から見えにくいので知らず知らず削いでしまうのかと。

じゃあ、どうすりゃいいんだって言うと難しいんだけど、日本の社会がもっと失敗に対して寛容になれば少しは変わるかもしれないけど、結局それが一番むずかしいのかも。

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