なぜ鬱病が多くなってしまったのか?サラリーマン歴25年の僕が仕事環境の変遷について語る

昔に比べ鬱病になる人が多いです。

「最近の若いやつは」ってよく言ってる人いるけど、そうじゃないと思いますね。なぜかというと鬱病になるのは別に若い人だけじゃなくオッサンもなってるので。年齢はあんまり関係ないです。

しかし、うつ病になる人は僕が入社した25年前に比べれば確実に増えました。

残業時間だけを見てみると、鬱病が少なかった25年前は残業100時間なんてザラ。200時間超えの人も普通にいた時代にもかかわらずです。

一方で、今はと言うとブラック企業がまだ健在とは言え、多くの企業では残業規制をしており、だいぶホワイトなったと思います。

ところが、鬱病のような精神疾患になる人は増えているわけです。これはどういうことでしょうか。

もちろん昔も精神疾患になった人はいたと思いますが、人数割合は明らかに今のほうが圧倒的に多いです。

残業規制が逆に人を弱くしているのか?なんて声も聞こえてきそうですが、僕はそうではないと思っています。

これには仕事のやり方が昔に比べて大きく変わったことが起因していると思っています。

その辺の僕の見解を述べたいと思います。

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昔から求められている仕事の総和は1人分を遥かに超えていた

まず前提として、ホワイトカラーの場合、1人が抱える仕事の量は1人分を遥かに超えています。これは今も昔も同じです。

1人分の量を超えた仕事をどうやってやっていくかと言うと、其の中から自分で優先順位を決めてさばいていくわけです。自然と優先順位の低い仕事は後回しになるし、下手すりゃ放置されます。

仕事が多いし優先順位が低い仕事が後回しになっても仕方ないと思うかもしれないが、実際はそんな簡単ではなく、仕事を依頼した方はけっして優先順位が低いとは思っていないので、ことは複雑になります。

その辺がいざこざの発端になったりするのですが、まあ、これは昔から変わっていませんね。

「要領が良い」と言われている人は、この辺りの仕事のさばき方というかそれに関わるコミュニケーションが超うまいわけです。

まず、これが前提です。

今、仕組みが高度化して放置された仕事が見えやすくなった

で、ここからが本題です。

優先順位の低い仕事(その仕事自体はやらなきゃいけない案件だけど)は、後回しにされて最悪放置されてしまいます。

かつては、そんな放置された仕事は放置されっぱなしでした。

みんな忙しいので気にかける暇もなく迷宮入りとなります。なあなあで済ませていたと言うか…。これが昔の話。

で、そんな状況を会社が放っておくはずもなく、仕組み化が進んでそういう放ったらかしにされた仕事を顕在化させるわけです。

業務フローをしっかり決めて、仕事が漏れないよう組織的に気づいてくれるってわけです。

会社からすれば便利になったわけですが、もともと1人分を超えた仕事を抱えていた担当者はパンクします。

かつては闇に葬ることで調整していた仕事量が、親切にも組織的にアラームをたてて的確にフォローアップしてくれるのだから無視するわけにもいかなくなるわけです。

かくして、多くの担当者はパンクしていくのです。

これが鬱病が多くなった真相だと僕は思っています。

正しさが人を救うとは限らない

今まで人間社会は正しさを追い求めて欠陥を見つけては改善してきました。悪を見つけては除去してきました。

それはそれで良いことなのですが、調整弁としての機能していた部分も根こそぎ除去してきたので、人は八方塞がりになってパンクしてしまったんです。

「正しさが人を救うとは限らない」とは、これは、ガンダムユニコーンでマリーダクルスがバナージリンクスに放った一言です。

ネットではポリコレ棒という言葉があります。正しくないものに対し多くの人が棍棒で叩いて粛清するかのような行動です。

正しいことは良いことですが、正しくない狭間で精神的な調整弁としての機能があったこともまた事実でした。それを正しさ追い求めてすぎて根こそぎ除去してしまった結果が、人がパンクしたという事実なのだろうと思います。

放置された仕事を顕在化させることは会社として正しいのですが、顕在化した仕事をこなすために1人あたりの仕事が増えたのも事実です。

それを吸収できるのは今まで仕事をサボっていた人間だけです。

実際はそうではなく、むしろ1人あたりの処理量をすでに超えていて、そこに押し戻してしまったらパンクして精神がやられるのは当然といえば当然です。

この先もこの流れはどんどん先鋭化していくと思いますが、同時に精神疾患になる人の割合も増えていっていくと予測しておきましょう。

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